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自分の働き方を貫くか、合わせるか

 

最近いろんなことにおいて、人によって考え方が違うなと感じる。

職場でイヤホンをするな、と注意されたのだが、それが実害になるならまだしも

普段話しかけられることもない僕にそれを求める意味はない。

 

合わせればその人達からの評価が高くなる。

合わせなければ逆。

 

貫くという言葉から想像される、反発を押しのける状態ではなく

ゴールは反発がそもそもない状態。

なぜなら反発はそれに抵抗するエネルギーを使う必要があるから。

それは無駄と私は思う。

 

自分がしたいことをするときにその逆算として合わせるのがいいのか

合わせないのがいいのか。

それだけなのでそこを中心に判断しようと思う。

人とのつながりを大切にする人もいれば全くしない人もいる。

前者は素晴らしいと思うが、僕は実は後者もまたなるほどな。と思うのです。

 

胡散臭いと思っていたが、ついこの前破産してから再起した与沢翼さんが

過激だけど「そうだな」と思える記事を書いていた。

・結論を言うと、大切な人は本当に限られる。

・想像もつかないほど、実は、人は、他人から邪魔されている。

・自分自身に評価の軸を向けて、自分がどうなのか?自己責任は完結しているか?ってやっていかないと、アッパーは決まっている。

 

そして、ホリエモンもそのタイプだと思う。

 

僕は後者の記事にもかなり共感できた人間だけど、

これはもうどっちが正しいとかないかもしれない。

タイプの問題だ。

 

「人間関係を大切にしてる」人って二種類いると思う。

孤独自体やそれによる障害が嫌だから集まる人

集まることでいいことがあるからそうしている人

 

後者の意味で人間の繋がりを大切にしてる人と、与沢翼さんのようなタイプは

生き方も価値観も違う。

 

あ、思ったけどそういう多様な価値観を受け入れる土壌が海外だともっとあるんだろうと思う。

空気なんて読む必要が無いのがアタリマエなとこだってあるんだろうなと。

すくなくとも、与沢翼さんのような話が出たときに「冷たい」という意見を言う人の割合は少なくなるだろう。

 

僕は思ったのは、人のつながりは本当にその人達と

いて自分にメリットが有るかどうかで考えて無駄な繋がりは無理に作らなくていいとおいうこと。

 

自分視点でいいと思う、つるむかどうかは自分だけでなく相手も選択するのだから。

相手にとって自分とつるむメリットがなければそもそもそれは成立しないからだ。