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相容れない人のことを知ろうとする時にバイアスはさんじゃあかん

要約:心の奥底で批判したいって思ってたら結局本末転倒になる
 
僕は自分と相容れない人→「わかってないやつ」って思っちゃう
そうすると彼らの考えを知ろうとしてもどこか頭のなかで
「わかってないやつらである」という結論をゴールにしてしまうフシがある。
 
てかそういうこと人間だとどうしてもあるよな。
でもそれ結局相手のことを理解するのが目的になってない
or
目的にしてても結局自分の感情に負けて本末転倒マン
 
なんか僕は結構花粉症と同じで
敵と判断するとめっちゃ攻撃したくなる人なんだけど
そういうの意味ないんだよな
よくないとかではなく意味がない
 
まぁ相容れない人のなかには本当にわかってない人もいて
環境を変えればそんなレベルの人はそもそもいなくなるってのは事実あるなと実体験で感じている。
 
なのでここもやはり合理的に行っていこうと思う。
 
 
どういうことか
 
ある日、相容れない相手を前にした時にその人の気持ちに寄り添って
「彼はこう考えてるんだと思う」みたいな話をしてる人がいた。
 
でも、その「彼はこう考えてるんだと思う」の内容が突っ込みどころがあり
あたかもその人の考えがいかにも不完全であるみたいな言い方になってて
それって結局批判してるのと変わらないし
「相手の気持になる」ってのをスケープゴートにしてるだけだなと思った。
 
キングコング西野さんのブログも結構それな気がする。
最初から自分に理がある見せ方をしたいためにそういう手段をするなら
それはそれで有効で意味はある