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QOLで考えるんだ。

この時期、いやこの時期じゃなくても人気なもの

それが生牡蠣。

でも、生牡蠣に対する人々のイメージは「おいしい」「あたる」「あたる」「あたる」

と、あたると考えている人が圧倒的に多いのだ。

僕は「生牡蠣が1280円で食べ放題」という驚きの情報を掴み社内に共有した。

しかし、返ってきた答えはこんなものだった。

 

「生牡蠣を食べるとノロウィルスに感染するからこわい」

世の中にはこのようなリスクを挙げ、生ガキを食べないという回答を下す人がいる。

私はこの考えはあらゆる人生の機会損失につながっていると思う。

 

今日はそれに警鐘を鳴らしたい。

幸せと不幸せの収支バランス

彼らには収支バランスの観念がかけているのだと思う。

生牡蠣を食べることで想定されるメリット・デメリットを一度整理したい。

 

メリット

おいしい

やすい

 

デメリット

ノロウィルスにかかるかもしれない

お金が減る



そして、これらの成立する可能性を「確実」か「不確実」で分ける。

 

メリット

おいしい:確実

やすい:確実

 

デメリッ

ノロウィルスにかかるかもしれない:不確実

お金が減る:確実

 

ここで見てほしい。彼らが恐れているノロウィルスにかかる可能性は

不確実なのだ。

 

加えて、挙げたメリットの2つはすでに享受できることが確定している。

生牡蠣は絶対に美味しいし、1280円は絶対に安い。

 

一方で確定しているデメリットは1点だけ。

お金が減ることだけだ。

 

この時、言えることは

最善の状態では、「おいしく」「やすく」生牡蠣を食べられ

1280円だけ「お金が減る」

 

最悪の状態でも「おいしく」「やすく」生牡蠣を食べられ

後日に「ノロウィルスに感染する」

 

生牡蠣の美味しさとやすさは、ノロウィルスで寝込むデメリットを上回ることは確かだ。

なぜならメリットは生牡蠣を食べるその瞬間だけではなく、思い出となりずっと続くからだ。

 

人間は記憶をし、その出来事を追体験することのできる生き物である。

僕は1年前に生牡蠣を食べたがその味や店の内装、そして友人との話を4割はおもいだすことができる。

 

50年前に流行ったビートルズの名曲をまだ人々は覚えている。

ガンジーが非暴力不服従を掲げて独立を勝ち取ったことも

平安京が794年に建立されたことも

 

人々は記憶に持っている。

体験は一過性のものではなく記憶という形でずっとのこる

無形財産だ。

 

それは食べ物と違ってなくならない。

いつでもその価値を発揮できる

 

しかも、その記憶は「むかしはよかったな」と経年とともに

更に輝きを増す。

 

減価償却の概念が全く通用しない。

人間界の常識を凌駕する財産それが記憶だ。

 

それに対し、ノロは一過性のものだ。

そして、人間は嫌な記憶を消す性質がある。

結局、美味しかった思い出しか残らないのだ。

 

収支は明らかにプラスだ。